天上の海・掌中の星

     “金木犀の香るころ…”
 



 それが高校生最後のものであれ、受験勉強なんて思いも拠らない。18歳になっても堂々の“坊や”呼ばわりされても文句は言えまい、腕白坊主のルフィにとっては、嬉し楽しい夏休みの、まず最初のイベントが。お菓子の会社が販促キャンペーンをしていたのを見事に引き当てての、島ひとつ丸ごとを一大アミューズメント・ランドに仕立てた大型企画の、オープニング・セレモニーを兼ねた、これまた大きな催しへのご招待。2泊3日の小旅行なのでと、着替えとハンカチの替えと洗面用具に、携帯の充電器も要るかしら。後は…おやつにお菓子に口休め。鼻歌混じりにテーブルへ、全部集めて小ぶりのお山にし、悦に入ってる彼であり、
「最後の3つは、どこがどう違うんだ?」
 身の回り品はほんの一握り。後は全部お菓子の類いを詰めようと構えているルフィだと気がついて。リビングとは引き戸を挟んでつながっているお隣りの和室にて、庭先の物干しから取り込んだばかりの洗濯物を手際よく畳んでいた破邪殿が、大きな手の“手アイロン”で、膝の上、ハンカチのしわを伸ばしていたのをつと止めて、こらこらと眉をひそめて見せたところが、
「全然違うったら。」
 何だ、知らねぇのかよと。逆に大きく胸と腹を張って見せるルフィだったりし。
「いいか? おやつってのは朝の10時と午後の3時に喰う間食のことだ。お菓子ってのは“嗜好的副食”っていうのの“そーしょー”で、口休めってのは、仕事とかが一区切りついた時とかに“やれやれ”って大人が吸う煙草みたいに、休みながらリフレッシュを兼ねて食べる、ガムとか飴とか粒チョコとか一口団子や笹かまぼことか、そういうもんのコトだ。」
 ………やっぱり最後のは何なんでしょうか。
(笑) つか“総称”くらいは漢字で把握していてほしいのですが、高校生。
「たかが駄菓子へ、そんな小難しい言い回しが出来るまでになったんだな、高校生。」
「おうっ!」
 どーだ参ったかなんて、にぱーっと笑って無邪気にも嬉しそうにしている坊やへ。褒めてないってとツッコミたかったの、ちょっと我慢し、
“そんなもんより、どうせなら。”
 暗唱出来るようになるまでと、3日連続で居残りさせられたっていう、古文の助動詞の5段活用たらいうのの方を、保護者代理のお兄さんとしては、覚えてほしかったんだがなぁなんて。分厚い胸板の奥底で、しみじみ思ってしまったゾロだったらしいが。そんなお兄さんの、やや複雑そうな胸中の想いも知らず、
「口休めと言えばサ。」
 家庭科だったかでマナーの勉強をした時に聞いたんだけど。日本料理のフルコース、かいせきりょーりとかいうのでサ、途中で“箸やすめ”っていうのが出るんだってな。黒豆の煮たのとか甘酢の酢の物の小鉢とか、メインの料理の合間にちょっとしたのが出るのを言うらしいんだけどよ。
「それ食べるのにやっぱり箸は使うのに、なんで“箸やすめ”っていうんだろ?」
 これが坊やじゃない人物からの質問だったなら、たった一言“知るもんか”で済ませたゾロだっただろうにね。大仰な料理じゃあないから、せいぜい軽くつまんで下さいなって意味合いがあるんじゃねぇの? 無難な応じを返して差し上げる、これでも一応は“大人”な破邪様。ちゃんと理を尽くしてあったので、
「そっかーvv
 そういうことだったんかと、ぽんっと手を打ち。それから、あのね?

  「凄げぇなゾロ、何でも知ってんのな。」

 さすがは伊達に長生きしてねぇ…だなんて。褒めているやら からかっているやら、どうとでも取れそうな言いようをするルフィだったりし。勿論のこと、当てこすりや仄めかしや揶揄などというような、ややこしい含みを持った巧妙な言い回しなんて、この子が即妙にこなせる訳もなく。それより何より…大きめで生気に満ちたドングリ眼
まなこ、にゃは〜〜〜vvと笑って細くするのが。撫でてもらえて気持ちがいい、そんな時の猫の仔みたいで可愛くて。
「まあな。」
 ここは褒められたと解釈しておこうとばかり、そのお気持ち、恭しくも受け取って。
「しかも俺は、女と料理だけに知識が偏ってる、どっかのキザキザ野郎とは訳が違うからな。」
 …だなんて。当の金髪さんに聞かれたならば、間違いなく報復の手を打たれそうなこと、しゃあしゃあと言い足した破邪様だったのだけれども。

  「ああ〜、でもなぁ。
   スナック菓子は持ってくより向こうで買った方が鮮度はいいかもだよな。」
  「………おいおい。」

 もしかして。ホテルで出る三食以外の“回復”グッズは、隠し部屋の宝箱とかに入ってるパンとポーションだけだとか。コンビニで使えるお金は園内専用のギルデンで、どうしてもそれ以外のもんが喰いたきゃ、戦闘ダンジョンでモンスター倒さねぇと通貨は貰えなくて、戦闘中にどうしてもダメだ〜〜〜って疲れ切ったら、ばるしーらで一番近い宿屋へ飛ばされるとか。
「所持金が半分にされんだよな、あれ。」
「とんだ“追いはぎシステム”だな、そりゃ。」
 じゃなくって。
「そこまで忠実なんなら、やっぱ、ゲームの中の通貨しか使えないのかな?」
「そりゃまたどういう“キッズ向けお仕事パーク”方式なんだよ。」
 つか…どうやって宿屋まで飛ばすって? ゲームとやらの世界じゃあそうであれ、生身の人間を実際にどうやって、そんな風にどっかへ吹き飛ばせんだよ…と、そんな理屈をわざわざ乗っけての会話をちゃんと進めているほどに。先程、話半分で次の話題へ移ってったルフィだったこと、こっちからも“置いといて”扱いにしている素早い切り替えは、さすが、長いこと同居していればこその蓄積か。

  “そのくらいは、慣れないとな。”

 好奇心が旺盛で、あんまり関心がないことはちっとも覚えてられないくせに。ちょろりと視野を横切った程度のもとであれ、あれれぇ?と引っ掛かったものへは とことん喰らいつく、妙な集中力も持っていて。それの延長なのか、時に突拍子もないことを訊いても来るルフィ。こっちがあまり、人間世界のことを深くまでは知らなかったりした頃は、実は自分もあまり判ってないこと、知ったかぶりで誤魔化したりもしないじゃなかったルフィだったりしたけれど。素直で無邪気で知りたがり盛りで。たちまちのうち、訊く側と訊かれる側があっさり逆転してしまったほど、屈託のないピュアな坊や。なんで土の色を“茶色”っていうんだ? 日本のお茶は緑だのに、イギリスのは紅茶ってわざわざ呼び分けてんのに、なのになんで、緑や鴬色じゃねぇ土の色を“茶色”っていうんだろ。とか。どうして秋の終わり頃んなると夕焼けがあんなダイナミックなんだろ。春や夏なんていつまでも辺りがだだ白くてよ、あれ?もう太陽がねぇよ? なんて気がつかないうちに沈んでるのにな。とか。なあなあ、なんで桜ってのは、花が先に咲くのと葉っぱが一緒に出るのとがあるんだ? とか。他愛のないことから正確な説明には専門知識が要ることまで、そりゃあもうもう、いろんなことへと興味を示し、けれど後日までちゃんと覚えているのは半分もないという。ちょっとばかり はた迷惑な“どうして坊や”な時も多々あったルフィであり。

  “そういや、いつだったかも………。”

 何とはなしに、とある日の会話を思い出そうとしていると、
「おお、これって去年の運動会のバンダナだ。」
 坊やが荷造りにと用意していたのが、イベント用のデイバッグだったから。昨年の秋に催された、彼のガッコの体育祭へ、お弁当や何やを詰めてったのが一番最近の使用であったその痕跡。パンフやプログラムやその他の何やといったもろもろが、まだ入っていたらしい。思わぬところから飛び出した、秋の匂いと思い出と。それを見つけての歓声を上げたルフィであり、
「ほらほらゾロ、俺ら緑組だったからvv
 これが小学生なら赤白帽か鉢巻きでのチーム分け。そこんところを もちょっとお洒落にと、チームカラーのバンダナを使っての見分けとしたところは、高校生の催しならではなハイカラさ。ルフィがその手に掴んで取り出したそれは、浅い緑地に白や黒のペイズリー柄がプリントされてるもの。確か“百均”で買い揃えたんだとか言ってなかったかと、ゾロの方でも思い出す。他のクラスはリボンだったり幅の狭い鉢巻きだったりした中で、このバンダナを巻いてた二年B組は応援合戦などでも目立っていたし、団結ぶりもなかなかのものだったその結果、競技のみならず応援や仮装コンテストといった出し物でも全校トップという文句なしの成績を収め、見事、全部門の優勝をもぎ取ったのだったっけ。

  “…ああ、そうだった。”

 そのときだったと思い出す。

  『なあなあ、ゾロは大人なんか? 子供なんか?』
  『…はぁあ?』

 やったやったといつまでも楽しそうに喜んでいての帰り道。はしゃぐあまりに足元が軽やかなのはいいとして、されど反射は…さすがに疲れてかやや鈍かったので。通りすがりの誰かとぶつかる前に、さりげなく結界の中に取り込んで、そこからの次元跳躍、遠歩ともいう瞬間移動で帰ろうか、などと。胸の裡
うちにて算段していたところへ、そんな唐突なことを切り出したルフィであり、
『そりゃまあ、お前よりかは長く生きてるから大人なんじゃね?』
 そんな風に答えたところが、
『そんなん言い出したら、どこの年寄りよか長く生きてんだから…。』
 世界一のご長寿さんじゃんかと続けかかったの、さすがにそれは衆目が集まりそうな“キテレツ発言”になりそうだったのでと。お弁当の重箱を包んでた風呂敷の陰から、こそりと取り出したアメリカンドッグにて、お口を塞いで差し上げたゾロだったりし。
(おいおい)
『長生きしてる、とかいうんじゃなくってサ。』
 あのね? 今日の運動会に観客として来てたカヤって子がさ、あ、ウソップには勿体ないくらい綺麗な、ウソップの彼女なんだけど。
『その子ってば凄い大人でサ。』
 俺らがわあわあって大騒ぎの言い合いをしていても、楽しそうに聞いてるだけだし。ほら、ウソップが騎馬戦で怪我してサ、馬が潰されて落っこちて、手のひらと膝を擦りむいちゃったじゃんか。さすがにそれへは凄げぇ心配そうな顔してたけど、
『頑張ったんだねって。鉢巻き5本も取れたんだ…って。まずはそっちを褒めてから、じゃあ怪我の手当てをしましょうねって。』
 好きな子が怪我したなんて、フツーはまず真っ青になるとかサ、慌てるもんじゃんか。それが全然、素振りにも出てなかったからサ。凄い冷静じゃん、薄情かもなんて思いかかってたんだけど、
『絆創膏、貼ろうとした手が震えてて。』
 ああ、怖かったんだやっぱり。でも、頑張ったねって、そっちをまずは褒めたくて。笑顔で健闘を褒めたげたくて、怖かったけど我慢してたんだなって判ってサ。
『ああいうのが大人なんだろ?』
『ああ、そうだろな。』
 そして、そういうのをこの破邪さんに当てはめて、年齢不詳の彼を大人か子供か断じてみたくなったらしくて。

  『だってさ、ゾロってさ。』

 瞳孔が小さいせいか、切れ長の眸はなかなか鋭くて迫力に満ち。一点を睨むとそのまま射抜けるんじゃないかってほどの“目ヂカラ”をみなぎらせ。無表情でいる時はまた別で、今度はどこか冷然とした印象を感じさせるほどに、取っ付きにくい雰囲気があって。大変な重責を負っている身だからこその、これぞ“存在感”というものなのかも? そんな精悍な風貌に屈強な体躯。さぞかし…理屈よりも行動だとばかり、怜悧な計算を嫌うような“熱血漢”に見せといて。その実、日頃は澄ましてるサンジの方が情熱家かもしれないくらい、時々、冷めた物言いをすることもあったりし。

  『…そっか?』
  『そーだぞ? 気ィついてなかったんか?』

 愛想笑いが出来ないようじゃ、俺らと変わんねって。ガキだよなって、一丁前に言ってから。

  ――― けれど。

 いくら、人に非ざる能力を幾つも持ってる破邪の自分でも、どうしようもないこともあると。苦衷にある人、全てを救うのは不可能だと。例えば、今まさに戦火が立ちのぼらんとしている地域があり、テロリストが置いてった爆弾の上へ座ってる人がいて。集中して気配をまさぐれば、生命を落としかけてるそんな危機を、教えることが出来るとして、でも。
『教えてやってちゃキリがないって、こないだ言ってたじゃんか。』
『まぁな。』
 そういうの、こっちじゃ不思議な存在の俺が、手だし口出ししちゃあいけねぇんだよ。俺らの世界の決まりごとだ。そんな風にコトもなげに言い切ってしまえる。そんな方向への冷めた思考も持ち合わせてるトコがあって。でもね? あのね? それってね?

  『第一、そういうのは人間同士で決着つけるべきことだろうがよ。』

 何とかしてみる前から、いきなり奇跡に頼っててどうするね。そうと言われて、
『まぁな。』
 筋の通ったことを言うのへと。ああ、そういうとこはさすがに大人だよなぁって、思い知らされたなぁって笑ってくれた、愛しい子供。そして、

  “……………。”

 君もまた、そんなの判んないって駄々、こねなかったよね。助けられるものなら、せめてその手が届くのだけでも全部。その力で助けてやりゃあ良いんじゃないの? とは言わなくて。まだまだ分別のない子供のように、背伸びをしてもまだ届かないものへまでその手を伸ばそうとし、大人にならなきゃ判らないことへ“何でどうして”と屈託のない目で問いかけながらも。気がつくと、少しずつ。良い意味での“そういうもの”を、ちゃんと理解出来るようになってもいて。

  “これからも、ああいうことは増えていくんだろうよな。”

 鬼でも殺すほどに鋭いはずのその目許、今はただ やんわりと細めて。何だかホントの父上のように、しみじみと感慨にふけっていたゾロだったものの、

  「………ちょっと待て、今頃発掘されたってことは。」

 嬉しそうに自分のおでこの上、前髪を押さえるようにしてバンダナを巻こうとするルフィだったのを、力づくで制すような声をかけてる破邪様であり、

  「? 何だよ?」
  「それ、もしかして洗濯しとらんだろうがよ。」
  「……………。」

 ルフィがキョトンとしたのと、表情の深さや真摯さではいい勝負の大真面目。汗かいたのを半年近くも入れっ放しかよ、菓子入れんなら、一旦干してからにしなと。勢いよく“主夫”のご意見が飛び出している辺り、大人云々とは、もはや次元が違う世界の話でございまし。

  “…だよねぇ。”

 おおう。突然の割り込みは、ルフィさんチの上空に、いつの間にやらお越しの聖封様。さてはさっきの、破邪様が並べかけてた“こきおろし”が聞こえたか。
「いや何、俺も例の何とかツアーに参加することになったって報告に来たんですがね。」
 二人こっきりで楽しそうにしているようだし。まま、こっちの事情は明日になったら判ること。わざわざ急報という扱いで知らせるほどのことでもないかなと、くすすと小粋に微笑ってそれから、

  「…で? 誰が何を どうこきおろしてたんですって?」

 あわわのわ。もしかしたなら とんだ薮蛇。額の隅っこに青筋の立ってる美人さんを前に、筆者も大ピーンチというところで、今回の実況はこれにてということで。
(苦笑)



    「………あ、逃げたな。」







  〜Fine〜  06.10.08.〜10.09.

  *カウンター 220,000hit リクエスト
     栗原様
     『天上の海設定で、やんちゃをする坊やと、仕方ないなとなる破邪様』


  *そういえば、昨年のこの時期は長編が挟まってしまったせいで、
   秋の行事がほとんどつぶれちゃったんでしたっけ?
   それを取り返したかったのに、
   会話している彼らの居場所はまだ夏という、
   何だか変な時期のお話になっちゃいましたね。
   栗原様、こんな出来でいかがでしょうか?
(笑)

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